2011年9月29日木曜日

スポーツの摂理

アメリカンリーグのワイルドカードレース。最後の一日は、人知を超えた神の意図を感じた。今のメージャーリーグでは、選手一人一人に日本人が絶対に追いつけなかった70年代の美学を感じない。だが、スポーツとしての結末は、どこか宇宙の市場原理に通じる摂理がある。昨日、激闘の決着は共に真夜中だった・・。

ボストンの絶対的クローザーパぺルボンは、3-2とボストン一点リードのまま9回を2アウトまでこぎつけた(2三振)。誰もがボストンの勝利を確信したはず。だが、彼はホッとしたのだろうか、次の打者の初球に甘いストレートを投げてしまった。結果はラインドライブの2塁打。流れが変わった。次の打者にヒット浴び同点にされると、最後は150ミリオンの大金をはたいて補強したレフトがとるべき打球をこぼした。・・。ただまだその時点では終わったわけではなかった。

それから3分後、7回が終わり0-7と負けていたデビルレイズが8回に一挙6点を返し、9回にも1点入れて延長にもつれ込んでいたヤンキースVSデビルレイズ戦は、12回裏にデビルレイズの生え抜きの主砲ロンゴリアが劇的なサヨナラホームランを放った。日本人ではちょっと打てない強烈なラインドライブがレフトスタンドに突き刺さった・・。ボストンはモ-メンタムを変える事は出来なかった。それにしても、120億の外野守によるこのシーズン最後のPOORな守備は、今年のボストンを象徴している・・。

(ボストンのレフトの最後の守備)
http://mlb.mlb.com/video/play.jsp?c_id=mlb&content_id=19789587&query=game_pk%3D289310

(ロンゴリアのサヨナラホームラン。恐らくロンゴリアは純粋白人アメリカ人で、現在最高のホームランバッター)
http://mlb.mlb.com/video/play.jsp?c_id=mlb&content_id=19788289&query=game_pk%3D289317






歌舞伎とKABUKI

梶原一騎の世界に浸った70年代の後遺症で、この国でも「星一徹」をやってしまったことがあった。高校時代、自分自身が試合中に作戦版で殴られていたので、全く違和感はなかった。だがサッカーのゲームで失策をした長男に、試合後、腕立て伏せをやらせたら、周りの親から「危険人物」とされた。でも、ライオンは子供を谷底に突き落とすというではないか。ただそもれも違う事が今日が判った(下の写真)。世界中どこもかしこもスポイル?。このままではやはりイスラムに負けるかも・・。

昨年、松田優作の追悼番組で俳優の香川照之がナレーターとして登場したとき、彼が25歳で初めて父親を訪ねた時、実父の三代目市川猿之助に、「あんたは僕の子供じゃないから。あんたを捨てた時から僕の人生は始まっている、だからもう来ないで・・」と言われた話がでて驚愕した。大昔、勘九郎(現在の勘三郎)が、年端も行かぬ息子達をしごいているシーンをみてからカブキの世界は凄いと思ったが、その香川照之が市川中車を、そして若干30半ばで驚異の才能を見せる市川亀次郎が市川猿之助を襲名するという・・。

歌舞伎を生で一度も見たことのない自分でさえ猿之助の名前の重さぐらい想像がつく。また8代目市川中車は、忠臣蔵オタクを自認する己の記憶でも、過去最高の吉良上野介だ。ならば香川にもいつか吉良をやってほしいところ。まあ実年齢からは若すぎるが、歌舞伎なら直ぐにも可能ではないか。





いずれにしても、歌舞伎をよく知らない自分だが、今のスポイル米国人が安易に「カブキダンス」の表現を使うのには無性に腹が立つ・・。







2011年9月28日水曜日

資本主義の新旧交代・・前文(真マネー原理プロから)


そういえば金曜日、あのチャーリーゲスパリーノが、「モルガンスタンレーは俺を殺すと脅したが、俺は絶対に怯まない・・」と物騒な発言をしていた。何の事を言っていたのかといえば、前日彼は同社の欧州へのコミットが大きいと指摘。それが木曜の急落の一因となり、翌日モルガンスタンレーは会社を上げて噂を否定することになった。しかし、しつこいゲスパリーノに、彼との電話を切った広報の女性が、電話がつながっているとも知らずに「必ずあいつを殺す」と言ってしまった失言をゲスパリーノは自分の宣伝に使ったのだ・・。

まあ添付のビデオをみればどっちもどっちなのは明白。ただ昨日の300ポイントの株の上げが、CNBCのリースマンに端を発するものなら、リーマンショックの際は、ゲスパリーノがテレビ画面に出るだけ100ポイント乱高下になった。ならば彼の影響力で今度は別の会社が餌食になる可能性も否定できない。つまりこんな連中に振り回されるのが今の市場である・・。(続きは真マネー原理プロで)

http://video.foxbusiness.com/v/1178523879001/morgan-stanley-at-risk-from-exposure-to-french-banks

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2011年9月27日火曜日

真マネー原理プロから

<生き残る条件 アーロン ラルストン>

バンドエイドが古くなれば新しいモノに換えるのは当然。ソレで相場がUP&DOWNするのも当然。だがバンドエイドはバンドエイドである・・。一方で相場は添付のチャートがネックラインでサポートされる?のを確認し、再び債券買い・株売りをすればよいだろう。

ところで、そんな中ソロスとジムロジャースは似ているようで異質なコメント。ソロスは「欧州危機はリーマンショックを超える」と煽り、一方でロジャースは今は「ゴールドよりも穀物を買え」と示唆。更なるマネーに甘える金融に対し、神が食べ物や水で人類に信義を正すと考えるのは持論。よってロジャースの考えに同感だが、救済ではまず金融が儲かるのは事実。ただ一旦ことが起これば、多すぎるマネーとその人口が畑に異動するまでインフレは終わらないだろう。その意味で、数年前、ロジャースが、CNBCがマセラッティーを餌に一般参加の恒例の1ミリオンポートフォリオ大会を始めたのを知った上で、「一番頭のがいい奴は、もうマセラッティを売って農業用トラクターを仕入れていると言っていたが、ソレはソレで事実となった。このソロスとロジャースが昔同じ釜の飯を食った時代は牧歌的だった。まあ引退しても救済策で一儲けを狙う難民出身のソロスと、今の米国に失望しつつもどこか古き良きアメリカを捨てきれないピュアな米国人ロジャースの違いを感じる・・。いずれにしても、いつまでも同じ事を繰り返してい絵う時間はない。TOO LATE TO SAVEになりたくなければ下のwikipediaのコピーを読むべし。昨日偶然この映画をやっていたが生き残るとはこういう事だ。この勇気が今のコア層にあるかどうか。全ての対象者はこの映画を見た方がよい・・。

WIKIPEDIAから



httアーロン・リー・ラルストン(Aron Lee Ralston, 1975年10月27日 - )は、アメリカの登山家、および演説家。 2003年5月[1]、アメリカ・ユタ州の渓谷で事故に遭い、岩に挟まれた右腕をナイフで切断することにより脱出したことで一躍有名になった。この事故は自伝として小説化され、2010年には『127時間』(原題:127 Hours)として映画化された。


略歴 [編集]
ラルストンは、コロラド州グリーンウッドのチェリー・クリーク高校を卒業し、ピッツバーグのカーネギーメロン大学に入学、機械工学とフランス語を専攻し主席で卒業した。また副専攻としてピアノを学んだ。
カーネギーメロン大学在学中、リサーチアシスタントとして従事した他、海外に留学し、学内スポーツに汗を流した。その後インテルにメカニカルエンジニアとして勤め、2002年登山に専念するためインテルを退社。彼の当時の目標は、コロラドにある14000フィート(およそ4200メートル)を超える山すべてに冬期単独登頂することであり、これは当時まだ誰も成し遂げていなかったが、その後彼はこの偉業を成し遂げた。
2009年8月、ラルストンは、ジェシカ・トラスティと結婚し、2010年1月、最初の子供であるレオが誕生した[2][3][4]。

事故 [編集]
2003年4月、ブルー・ジョン・キャニオン(ユタ州東部、キャニオンランズ国立公園・ホースシュー・キャニオン地区のすぐ南)を歩いている時に、渓谷内で挟まっていた岩が外れて落ち、彼の右腕前腕部に落ちて、渓谷内の壁との間に腕を挟んで止まった。ラルストンは彼の旅の計画を誰にも伝えていなかったので、誰も自分のことを探しに来ないだろうと考えていた。
彼は自分自身の死を悟り、5日間で、150ml程しか残っていない水を少しずつ飲みながら、腕を引き抜こうと試みた。しかし800ポンド(約360キロ)ある岩が腕を挟んでいて、引き抜く努力は無駄になった。岩を持ち上げようとしたり壊しそうとしたりして3日経ち、脱水症状を起こして精神錯乱状態となり、ラルストンは脱出のために挟まった右腕前腕の中程を切断しようと試みた。彼は、腕が挟まった最初の数日で実験的に右腕を止血し、表皮に傷を入れて出血しないかどうか確かめている。4日目の時点で腕を引き離すには腕の骨を折らなければいけないことに気がついたが、彼が持っていた道具では骨を折るに不十分であった。5日目には飲み水が尽き、渓谷の壁に自分の誕生日と死ぬであろう日付を刻みつけ、自分自身をビデオ撮影して家族に向けて最後のメッセージを録画した。恐らくその夜は生き延びれないだろう思っていたが、翌朝(2003年5月1日木曜日)の夜明けにまだ生きているということに気がついた。その後すぐに「挟まった腕をねじって力を加えることで、前腕部の二本の骨(尺骨と橈骨)を折ることができるのではないか」と直感し、直ちに実行に移したが、彼の持っていたナイフが短かったために切断には1時間程かかった。彼はナイフのメーカーについて「レザーマン製以外のものを使った」とだけ言って、どのメーカーのものであるか言及していないが、「15ドルの懐中電灯を買った時に、万能ツールとしておまけでもらったものだ」と言っている[5] 。
腕の切断に成功した後、彼は車を置いた場所まで戻らなくてはいけなかった。長く留まっていた狭い渓谷を脱出し、垂直の壁を片手で懸垂下降し、真昼の太陽の降り注ぐ中、渓谷を歩きとおした。自分の車を駐車したところまで8km程離れていたが、携帯電話を持っていなかった。歩いているうちに、オランダから休暇に来ていた家族(エリク・マイヤー、モニク・マイヤーとその息子アンディ)に遭遇した。彼らはラルストンに水を与え、救助を要請するために急いで移動した。ラルストン自身は救急要請される前に出血多量で死ぬのではないかと思っていたが(この時までに体重が40ポンド(約18キロ)減少していた。これは血液の25%に当たる)、偶然にもラルストンを探していたレスキュー隊がヘリコプターで着陸し救助された。腕を切断して6時間後のことであった(家族や友達が、ラルストンがいなくなったことで救助要請をし、救助の直前にキャニオンランズに捜索対象を絞ったところだった)
後日、切断されて残った腕は、国立公園の管理者によって岩の下から取り出された。トム・ブロコウによると[6]、13人がかりで巻き上げ機と油圧ジャッキを使って岩を動かし、ようやくラルストンの腕を取りだすことができたという。腕は火葬にされた上でラルストンに渡された。6カ月後、NBCテレビでの事故の特集番組を撮影するため、彼の28回目の誕生日にトム・ブロコウと共に事故現場に戻った。その際「自分の右腕はこの事故現場のものだから」といって、右腕の遺灰を現場に散骨している。

事故後の状況 [編集]


コロラド州アスペンのインディペンデンス・パス近くにあるコロラド州中部の山にて(2009年)
ラルストンは引き続き多くの山に登り続けており、2008年にはチリのOjos del Salado、アルゼンチンのMonte Pissisに登頂している[7]。2005年には、ラルストンは14000フィートを超えるコロラドの53座すべてに冬季単独登頂した初めての登山家となった[8]。1997年に登頂を開始し、ブルー・ジョン・キャニオンでの右腕切断による中断期間を挟んでの達成であった[9][10][11]。2008年デナリに登頂し、6194mの頂上からスキーで滑降した[要出典]。2009年には、友人達を率いてグランド・キャニオンを通ってコロラド川の川下りを敢行し、同年タンザニアのキリマンジャロに登頂した[要出典]。いつかはエベレストに登頂したいとラルストンは言っているが、「極地探検家」であるエリック・ラーセンが主導して行われた2010年の"Save the Poles"には帯同しなかった[12]。
ラルストンは、事故の経験を書籍Between a Rock and a Hard Place[13]として2004年9月7日に出版した[14]。
2011年5月15日には、カーネギーメロン大学の学位授与式に講演者として演説した[15]。

127時間 [編集]
詳細は「127時間」を参照

イギリス人の映画監督、ダニー・ボイルはラルストンの実話に基づいて、映画『127時間』(原題:127 Hours)を制作した[16]。撮影は2010年の4~5月に行われ、2010年11月5日にニューヨークとロサンゼルスを皮切りに封切られた[17]。ジェームズ・フランコがラルストン役を演じた[18]。映画は、各地の映画祭でスタンディング・オベーションを受けるなどの喝采を浴びた。トロント、ニューヨークなどでは、右腕切断のリアルな描写のために気を失う観客が出た[19]。
映画はアカデミー賞において、作品賞・主演男優賞(ジェームズ・フランコ)を含む6つの賞にノミネートされた。


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From: otakizawa@dttrading.com
p://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=1h&oq=&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4TSND_en___US426&q=aron+ralruton-


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2011-09-27 01:52:32 - 日記

<現実逃避 JAPAN IN WONDERLAND>
政治にお金がかからないはずがない・・。

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2011-09-27 01:27:50 - 日記
<TOO LATE TO SAVE >

さて、2012年が終わる時、世界はどんな顔をしているのか。・・・・

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2011-09-26 23:22:29 - 日記
<ゴールド先物のボトムは>

CMEの証拠金引き上げは判っていた事・・。


2011年9月21日水曜日

戦う国

ドイツで新しく生まれた海賊党。T-シャツにジーンズ、皮ジャン姿もいれば、見るからのオタク系も・・。何度でも言うが、ヒトラーは独裁下で生まれた人ではない。。稀にみるワイマール民主的憲法下、ナチスは9人の当選者で始まった。それが瞬く間に議会を席巻し、結果的に独裁者ヒトラーが生まれた。つまり彼を望んだのは同時のドイツ人。ならばこの海賊党がどうなるか。エンデイングが見えている金融の話より、よっぽどかわくわくする・・。

ところで、平和ボケと揶揄とされる日本だが、実は日本は常に「戦っている国」であると、今日はっきり理解できた。では誰と戦っているか。いうまでもなく、それは自然。地震 台風 猛暑 津波・・。日本は干ばつと竜巻以外の大自然の厳しさと年がら年中戦っている。そしてその事実をくくりだして今年ほど感じた事はない。ならば考えるべきは戦って何を得るかという事。おそらくそこに新しい国づくりのヒントもある。

例えば米国は建国以来ざっとみても次の対外戦争をしてきた。まず「独立戦争」そして直後の「米英戦争」、次は「インディアン」との戦い、更に「メキシコ」とはテキサスが独立をかけて立ち向かったのを援護した。そして国力が世界に躍り出たころに楽勝した「スペイン」。2度の世界大戦を経て、その後「朝鮮」から「ベトナム」「アフガン」「イラク」と続く・・(「インディアン」と「メキシコ」との戦いは北米大陸内だが当時の領土を超えていた)

こう見ると、勝ったといえるのは世界大戦まで。その後は勝ったと言いきれるものはない。そして上記も含めて圧倒的人的損害を出したのがCIVILWAR(南北戦争)という国内の戦争だ。ただそのCIVILWARでさえも、次の時代に向けて米国が飛躍する画期的な進歩を呼んだ。その代表が鉄道と電信技術。リンカーンは「戦場の人」ではなかったが、新時代の軍事的決定力は何かを知っていた。

そこで分散していた当時の鉄道を網羅する新線路網を構築、武器弾薬を送り込んだ。そして南軍が歴戦のツワモノが局地戦を指揮する戦い方をしたのに対して、リンカーンは軍事戦略の作戦の先頭に立ち、作戦本部で練られた命令をテレグラフを使って前線に瞬時に出した。つまり情報のスピードである。これは、ワーテルローでの英軍の勝利を伝書鳩でネイサンロスチャイルドが知った50年後の事だが、この後米国では鉄道が大陸を横断、20年後にはテレグラフがベルの電話になっていく・・。

では日本が自然との闘いから得るものは何だ。貧弱な個人的発想では、高床式新住宅、小型自家発電機、住居移動自動車。まあ何でもよいが、一番大切な進歩はハードではなくソフトの価値観だろう・・。

まあこのような想像にくらべれば、今の米国がすがるのかオペレーションツイスト???なんだそりゃ? ここは本当にあのアメリカだろうか・・。

















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2011年9月15日木曜日

米国金融道 (真マネー原理プロから)

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初めて観た「ナニワの金融道」、古くからある漫画らしいが、なかなか面白い。そういえば、今アメリカのジャパンTVでは「黄金の豚」なるドラマを放送中だ。ここでは仮釈放中の「元」不良少女が、会計検査院なる役所で税金の不正使用を正すという奇想天外なドラマが展開される。このブログでは、日本も政権に送り込むべきは、高尚な金融エリートではなく、山口組などの暴力団など、変貌した企業ヤクザの経験者か、次々に新しい振り込メ詐欺の手口を考え出す、「柔軟性を持った半ワル人間」が良いと何度も主張してきた。

まあそんな事は不可能なのは知っている。ただ、必要なのは黒と白の間を見つけられる人間。だが日本では、「善人でさえも悪い事をすることもあれば、悪人がよい事をするかもしれない可能性」は最初から排除される。そして野田さんの演説を聞くかぎり、新総理は善人は正しい事をすると信じているようだ。ならば、日本はやはり神頼み・・。

一方で米国はフィクションをノンフィクションにしていく国。ソレを仕切るのが有能な政権で、必要なら法律も変わる。法律が変われば、黒と白は入れ替わる事も出来る。つまり今の米国で重要なのは、善人教育ではなく、フィクションをその時の善に仕立てるスキームをもった人間を育てる事が重要なのだ。そしてこの国でドラッカーが忘れ去られた頃からソノ役割を請け負ってきたのがゴールドマンサックス。だから、GSから日本を守るためには山口組の半分を合法化して立ち向かわせるせるしかないと言ったが、今もその気持ちは変わらない。GSは、市場と言う合法的なシマでの「しのぎ」で勝ち残ってきたツワモノである。

だが金融危機ではそのゴールドマンですらカモになった。カモにしたのはバフェット。彼はGS株が下がったところで、年10%の金利で優先株に5Bを投資した。今の水準からすれば暴利。ナニワの金融道と変わらない。 我慢できずにGSは今年全額返済したが、バフェットのカモは他にもいた。GE(ジェネラルエレクトリック)は、本日バフェットのカモからの脱却を宣言した・・。

そして、この米国金融道の恐ろしさを現す会話がニューヨークタイムスで紹介された。GSのブランクファインが、バフェットのあまりの暴利に、「5ビリオン(3750億円)を全部1ドル札で返していいか」と嫌味を言うと、バフェットは「いいよ、でも俺はゆっくり1ドル紙幣を数える、当然その間は金利がつくからね」と返したという。結局一番のカモは価値を失うドルの圏の納税者をしり目に、凄い面々による凄いジョーク。コレぞ米国金融道だ・・。

いずれにしても、赤信号を渡った人間が多すぎて、赤信号を青信号にしてしまった米国の金融界。今の混乱の本質はここ。混乱が続くなら、先進国経済は更に沈滞し、最後はパニックだろう。ならばその前に米国はFEDの剛腕で(連続QE)、世界に新しい交通ルールを浸透させる事が出来るのか。そして、世界がそんなルールを受け入れらないなら、崩壊の衝撃を経て金融もブロック化するしかないだろう。まあそれはそれで旧約聖書のバベル崩壊以後の世界と重なるが・・。


2011年9月10日土曜日

9・11のヒロイン、カミカゼ特攻隊 (真マネー原理プロから)

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欧州がどうあれ、またテロ警戒で債券が堅調でも、オバマのスピーチのバグが払われた後の米株を売り向かうべきではない。予想通り、CNBCは態々NYSEを表敬訪問したヒラリーを出し、9・11 向けてムードを盛り上げている。またこんな時こそ愛国心を思い出すストーリーが必要。そこで用意されたのが美人空軍パイロットだったへザーラッキーペニー軍曹。ワシントンポストは、彼女は空軍パイロットとしてルーキーだった2001年、結果的にはペンシルバニアに落ちた4番目の飛行機に向けてカミカゼ特攻を志願した女性として取り上げた。

http://www.washingtonpost.com/local/f-16-pilot-was-ready-to-give-her-life-on-sept-11/2011/09/06/gIQAMpcODK_story.html


詳細は上のWEBに書いてある。混乱したペンタゴンでは、副大統領チェイニーが4機目からの自爆機はすべて撃ち落とすように命令。ハイジャックされ、ワシントンに進路を変えたユーナイテッド93を撃ち落とすためF-16にスクランブルがかかった。しかしミサイルを掲載するには1時間が必要。そこで体当たり。つまりカミカゼが決まり、上官が「俺が行く」と言うと、コンビを組む彼女は、即座に「私がテール(後部座席)に座ります」と答えたという・・。

結果的にユナイテッド93は機内で数々のヒーローを生み、彼女の乗ったF-16が体当たる前に墜落した。(公式発表)。(機内から携帯で発信された会話を元に映画「ユナイテット93」が作成されたが、コックピットを奪い返しにいった乗客が最後に発したのがレッツロール。この言葉はその後の米国復活の象徴になった。この映画は9・11関連ではベスト。)

ところで、この記事を読むと、なぜ今まで黙っていた彼女がこの話を披露したのかふに落ちない。なにやらイラク開戦当時捕虜なった女性兵士をことさら持ち上げて愛国心を煽り、戦争の正当性を演出したあのブッシュ政権とだぶる(ジェシカ リンチ)。

ただそれでもそれは陰謀といより国家マネジメントでは当然の手段。それを踏まえ、相場も判断すべき。株は引けには戻るだろう・




2011年9月9日金曜日

自明の理からの逸脱 (真マネー原理プロから)

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自分が主役の一人だったHBO映画の「TOO BIG TO FAIL」を、「興味がないので観ていない」と言っていたバーナンケ。今日のスピーチで、彼はその理由を「自分はオリジナルを観た」とジョークを飛ばした。

彼にしては上出来のジョークに会場は笑いにつつまれたが、この余裕の裏には何かあるかもしれない。一方で8月から注目したオバマの演説は、<住宅ー雇用ー減税>とテーマが代わりながらも本番前に身ぐるみ剥がされた印象。ならば、今週は市場の意表をついた主役はSNBだったと言う事か。ただこの役を日銀でなく、スイスがやった事を日本人は何も感じないのだろうか。

そもそも今の先進国の経済がどん詰まりなのは子供にも明らか。そんな中、ハトとタカの違いはペースだけで、中央銀行のやる事は所詮は一つである。その「自明の理」に寄り添うゴールドのロングは今週SNBの予定外の行動に慌てた。

つまり、国家が国益をかけて相場に挑むなら、意表を突くことが全て。さもなくば相場に国家が殺される。ならばどの国がどのように意識的に負の連鎖でしかない「自明の理」から離脱するか。それを想像するのが今後の相場の決めてだろう。

ではスイスよりも絶対額では圧倒的に輸出に頼る日本。そもそもグローバル経済では金融で勝負しているわけではない日本が、なぜ世界の金持ちの資金を抱へ、UBSなどの大銀行を展開するスイスにこの種の決断で後れを取るのか。

これもスイスの腹芸の一つである可能性は否定しないが、日本が憲法9条さえ守っていれば平和が守れると思っているバカな国だとするなら、経済も軍事も、駆け引きに勝たなければ生き残りはないという常識をスイスから学ぶべし・・。





2011年9月7日水曜日

特別号 昔アメリカと呼ばれた国 (真マネー原理プロから)

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ピューリッザー賞は誰でも知っている。調べると過去その賞を3回以上受賞した人は6人いた。コロンビア大学が主催するので全員アメリカ人なのは敢えて不問。また複数回受賞している人のほとんどは「怒りの葡萄」のスタインベックなど、ノンフィクション系の人ではなく戦前の詩人や作家である。そんな中、外交論文でこの賞を3回受賞したのが現役ジャーナリストのトマス フリードマンだ。

この事実からも、現代の米国のジャーナリズムでいかに彼が突出した存在であるかが判る。彼の代表作の一つ、「フラット化した世界」は7年前GSが顧客に紹介したの受けてここの読者にも紹介した。その彼の最新作が出た。タイトルは「THAT USED TO BE US 」 敢えて日本語で言うなら、USをU.S.と意訳して「昔アメリカと呼ばれた国」が良いだろう。

下に添付したNYTの紹介文にはこんな記載がある、As we were writing this book,” Friedman and Mandelbaum explain, “we found that when we shared the title with people, they would often nod ruefully and ask: ‘But does it have a happy ending?’ Our answer is that we can write a happy ending, but it is up to the country—to all of us—to determine whether it is fiction or nonfiction. We need to study harder, save more, spend less, invest wisely, and get back to the formula that made us successful as a country in every previous historical turn

英字部分は、多くの知識階級の米国人は米国がおかれた状況を判っている。だがどこか他人ごとで、ハッピーエンド以外のシナリオに興味を持たなくなった事への強烈な危機感。よって本は敢えてハッピーエンドを確約していないことが興味深い。そしてフリードマンはユダヤ人ながらミネソタ育ちのためか、建国の父の保守的スピリッツを強く意識している。つまりはこの本は以前エコノミスト誌も警鐘していた米国の課題、学校科目としても世界史の授業の中でさらっと流すだけになった自国史への回帰の重要性である事がうかがえる。

個人的には、建国の父のスピリッツが生きていた頃のアメリカと、つまり日本が戦争に負けた頃のアメリカと今のアメリカの違いが米債のホルダーとしての日本の隠されたリスクである事を再三訴えてきた。無論そんな話は明日の値動きには役に立たない。だがこの本は、中途半端な日本人が書いた米国衰退論や、米国の陰謀説で売名行為をしている連中の本とは一線を画する事になるだろう。よってブルーンバーグの世界の情報に浸る人も、最後生き残るために、書店に翻訳本が並ぶ前に原文を読む事を勧める・・。


2011年9月2日金曜日

室伏選手に国民栄誉賞を

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夏休みが終わり、高校生の二人の息子のサッカーの試合観戦で忙しい。

ジュニア(3年生)の長男はバースティーチーム(学校代表)。ソフマー(2年生)の二男は、サマーキャンプで兄と一緒にバースティーの練習に加わったもののバースティーには残れず、ソフマーのチームでキャプテンをしている。

米国は学校のチームの活動期間は短いので、二人ともオフはクラブチームに所属している。ただ、そこまでしても、男子のサッカーでは日本の高校の方がレベルが高いと思う。それでもイリノイの高校は米国ではレベルは高い方。前回の試合は、U17 U16の米国代表チームに選ばれた兄弟がいる近隣のハイスクールとの対戦。長男のバースティは4-0で負けた。

ところで、こちらの高校生は185センチクラスがごろごろしている。その中で長男次男はまだ175センチ程度。体格では勝負ならない。そこで、彼らが中学生になった頃から、せめてもの思いでカルシウム剤を食事の後で飲むように勧めた。だが効果はなかった。二人とも飲まなかったのだ。

理由を聞いてみると、殆どの選手(友達)が親から様々な薬を飲むように言われていて(ホルモンや、場合によってはステロイド)彼らなりにそのトレンドに抵抗していたらしい。殆ど日本語をしゃべらない彼らも、どこかで日本人だった・・。

そんな中、ハンマー投げという競技において、体格的に劣る日本人が、薬も使わず(そう信じている)、これほど長く現役を続け、再び金メダルを取った。だが、これほど偉業を日本のマスコミはナデシコより低く扱っている。

なぜもっと大々的に取り上げないのか。室伏選手の勝利は神の力も働いて米国に勝ったサッカーやソフトボールとは意味が違う。聖徳太子以来の和の強さを証明したのがナデシコ。また家芸の柔道は先の世界選手権でそれなりの威厳を保った。だが「ハンマー投げ」という競技で室伏選手は日本の個の強さを証明した。

室伏選手はインタビューこれからの目標を「金メダルもだが、革命的な練習方法をスポーツ界全体に残せれば・・」と答えている。この意味は深い。彼は国民栄誉賞に十分匹敵する快挙成し遂げたはずだが、今のところマスコミからそんな声は聞こえない。あい変わらず本質を理解していない彼ら。これでは首相が変わっても、何を軸に新しい国づくりをするか。その政治の議論もお寒いだろう。

日本の国づくりの答えは一つ。まずはナデシコの和を、一人一人が室伏選手の様な日本人としての個の強さを身につけて目指す覚悟だ。方法論はその後でよい。まあその前に、政治家自身がまずは室伏選手に学ぶ事が重要だが・・。